夜の空
 外は冷たい風が吹いていた。
 砂漠の夜。口を開ければかすかに砂の味が感じられなくもない。
 街灯に照らされた白い道を、朝のように和錆はコーヒーと下っていく。
 しかし、その隣には月子がおり、コーヒーのリードを引くのも、ポケットにぴーちゃんを入れているのも、月子だった。
 朝よりは速度を落とし、月子の歩調に合わせながら一歩、また一歩。
 次の一歩を、和錆はほんの少し月子の傍に踏み出した。
 冷たい風は、そう、冬の澄んだ空気に似ていた。
 自分たちの息づかいばかりが、遠く遠くまで響いていってしまうようで、何をするにも憚られてしまうような。
 和錆はそっと月子の手を取った。
 ゆっくりと、指を絡める。
 月子もゆっくりと和錆の手を握りかえした。


 温かいと、思う。
「……つき」
「え?」
「きれいね」
 月子は空を仰いでいた。
 黒く塗られた空。そこで負けじと光り輝く小さな星々の中に、月が一際煌々と輝いている。
 月は少しの曇りもなく。満月にほど近い。
「そうだね」
「うん」
 足音が響く。角を曲がって、また少し。そうしてまた少し、寄り添う。
 月子の歩調が遅くなる。繋いだ手に引かれるように、和錆も速度を落とした。
 二人は立ち止まった。
 視線の先に、明るい光がこぼれる、月子の寮があった。
「ここでいいわ。送ってくれてありがとう」
 月子はコーヒーのリードを和錆に渡した。
 ぴーちゃんも、月子のポケットから和錆のポケットへ移される。
「じゃあ、気をつけて」
「うん。コーヒー、ぴーちゃん、またね」
 どちらからともなく手が離される。
「和錆も、またね。――――」
 最後に小さく呟いて、月子は寮に向かって走り出した。
 やや呆気にとられていた和錆は、はっとして声を上げる。
「俺も月子さん大好きだよ!」
 瞬間、くるりと月子が振り返った。
「ばか! 声大きいっ……!」
 風に乗って、キンと和錆の耳に響く。
「月子さんだって……」
 月子の背中が完全に寮の中へ消えるのを待って、和錆は踵を返した。
 和錆の方を見ながら先を行くコーヒーに気にせず、空を仰ぐ。少し冷えていた片手を頬にあてて。
「本当に月、綺麗だな」
 ひとりごち、視線を降ろした。
 ポケットの中で、黄色い雛がもぞもぞと動いている。
 月のように丸く、しかしまだ小さなぴーちゃんの頭を、和錆は指で撫でてやる。
「ぴい」
 ぴーちゃんはポケットから顔を出し、和錆を見上げた。
 短い羽毛に埋もれるように、和錆はもう一度ぴーちゃんの頭を撫でつけると、リードを強く引いて木に衝突寸前だったコーヒーを助けた。

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