昼の空
 帰り道は賑やかなものだった。
 ぴーちゃんは潰されぬようにポケットへ。何かとうろちょろしたがるコーヒーも、リードを短く引きつけて隣を歩かせた。
 途中でざる一杯のオレンジと、投げつけられたマンゴー(もちろん1わんわん硬貨を投げ返している)を買って帰宅。
 2匹と共に朝食を済ませると、和錆は机に向かった。
 パソコンの電源を入れ、起動する間に棚から資料を降ろしていく。
 ちらりと隣の部屋を伺えば、コーヒーが窓辺でひなたぼっこをしていた。
 ぴーちゃんはといえば、少し離れたところに置いたコーヒー用の皿から水を飲んでいる。
 2つ器を用意しても、ぴーちゃんが構わずコーヒーの器から水を飲むので、仕方なくコーヒーのを浅めのものに変えたのだが……あ、頭から突っ込んだ。
 和錆は慌てて隣の部屋へ向かおうとしたが、それよりも早く。
 のっそり起きあがったコーヒーが、ぴーちゃんをくわえて救助した。
 和錆は安堵の息を吐いて、微笑んだ。
 そうして、パソコンに向かった。
 メールをチェックし終え、調べものを始める。


「うおあ」
 ぶちっ、とコンセントを引き抜かれたように。
 集中を強制終了させられた和錆は、変な声を上げた。
 足の上、というよりも足の間、更にいうなら股間でもぞもぞ動く物体がある。見れば、いつの間にか、茶色い毛玉……コーヒーが突進してきていた。
 和錆はコーヒーを撫でつつ引き剥がした。すぐ傍ではぴーちゃんが、訳の分からなそうな顔で和錆を見上げている。
「突然なんだよ」
 言って和錆は、「あー」と声を上げた。ディスプレイの中の時計を見る。
 正午きっかりだった。
「……おまえ、食い物と散歩と月子さんは覚えてるのな」
 苦笑して和錆は立ち上がった。
 台所へ向かって歩き出すと、その後ろをコーヒーとぴーちゃんがついて歩く。
 自分とぴーちゃんの食事と、コーヒーには今朝買ってきた犬用のお菓子を手早く用意する。と、明るいメロディが流れてきた。
 携帯電話の着信音だ。この着信音は――。
 慌ててパソコンの元まで戻る。本体近くに置き去りになっていた携帯をつかみ取って、通話ボタンを押した。
「もしもし」
『もしもし、和錆?』
「うん、そうだよ。月子さん、こんにちは」
 聞き慣れた愛しい少女の声に、和錆はほんの少し格好を付けて答えた。走って急いで電話を取ったことなど、ばれないように。
『こんにちは。今、お昼休みよね? 話しても平気?』
「平気だよ。今日は家で調べものをしてるから」
『そうなんだ。あのね、今日の夜は、わたしがごはんを作ろうと思うの。
 コーヒーと、ぴーちゃんと、あともちろん、和錆とわたしの分も』
「本当に? 嬉しいな」
『うん、だから和錆は何もしなくていいよ。
 お買い物して、5時くらいに着くように行くから』
「買い物なら付き合うよ」
『だーめ。一緒にお買い物したら、何作るか分かっちゃうじゃない』
 くすり、と月子は電話越しに笑う。続けて「コーヒーは」、そう切り出して、しかしはっと息を呑んだのが、和錆にも分かった。
「どうした――」
『――誰か来たみたい。じゃあね、和錆。あとでね』
 一方的に切られた電話。いつもの待ち受け画面が、小さなディスプレイの中から和錆を見ていた。
 夕刻になればまた会える。けれど、もう少し話していたかった。だが。
 ――学校でうわさになると大変だね。
 そう、学校というのは、大変なのである。以前、新聞部から共に逃げ回ったことを思い出して、和錆は笑って携帯を閉じた。

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